hon-nomushi’s blog

人生の友になる本との出会い

普通に?生きること 吉田修一『横道世之介』

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前回のブログ、小川糸さんのエッセイにこの本のタイトルがあり、早速読んだもの。

おもしろいのは役に立つ教訓やら、そんな感じのことは全く書かれていないのに、読後感がなんとも味わい深いのです。「普通に生きる」ことはどういうことなんだろうと、つい考えてしまう作品でした。

 

主人公はタイトルの世之介。舞台は世之介が田舎から上京して、都内の大学に通うところから始まります。大学一年生…。私にも覚えがありますが、大人になったような状態ですがまだすねかじりの、そんなたいしたことはたいていしていない時代…(もちろん違う方もいらっしゃると思うけれど)。サークルに入ったり、車の免許を取ったり、授業をさぼったり。

 

そんな平和な世之介の青春からふと離れて、時々世之介の出会った人たちの数年後の様子が描かれる場面が挟み込まれています。それを読んでいると、世之介という存在が周りの人たちにどこか影響を与えていて、関わった波紋のようなものがその方たちに浸透しているのがわかります。

 

世之介は決して大したことはしないのですが、それでも人の心の中に確かに生きていた跡を残していくのです。大した影響を与えないと思っている普通の生き方をしている人が、人と関わる時間や出会ったことだけでも、それぞれの記憶に残り、そのあとの人に波紋を与えていく様子が絶妙でした。

 

そんなことを思っていたら、最後にこの一文が目に入ってきました。

「今からちょうど一年前、大学進学のためにここ東京へやってきた十九歳。この一年で成長したかと問われれば、「いえ、それほどでも……」と肩を竦めるだろうが、それでもここ東京で一年間を過ごしたのは間違いない。」 

 

人と出会うこと、その場で時間を過ごすということ。大きな影響を与えたり与えられたりした方だけではなく、いろいろな方と出会ったことだけでいい。人との出会いでそれだけを 大切にしてもいいのではないか、とこの小説を読みながら思いました。