新刊を見ると手に取らずにはいられない作家の方が幾人かいらっしゃいますが、
わたしにとって石川直樹さんはその中のおひとり。
ヒマラヤだとか高い山に登るなんてわたしの人生に起こりえない(今のところ)ことだけれど、石川直樹さんの本で写真や文章でその場所に触れることで、行ったことのない場所を身近に感じ、自分と遠く離れたもののように感じなくなることこそが、読書の喜びであり醍醐味。
今回もたくさんの高い山にアタックする石川さんの文章にひたすら感動しながら、未知の世界に心を躍らせていたのですが、意外にも一番心に残ったのが「東京低地順応」という文章でした。
この章はヒマラヤから帰ってきて東京に戻った作者が、なぜか山にいるときよりも不調を感じ、山ではたくさんの過酷な道を歩いていたにも関わらず、痛まなかった腰などが都内では急に痛くなると書いてありました。その他にも「自然の極地と都市の極致」のあまりにも違うものが同時に存在する地球の不思議も書かれていたりして、この章だけとても印象的で何度も読み返しました。作者が違和感を感じた人の暮らす大都市になじんでいく様子が面白くて、昔話の「浦島太郎」を思い出しながら味わいました。
人間は適応力やその土地に呼応する力を持ち、限りない幅を持って生きられる。自分にはこんな力があったのか。自分はこんなにも弱かったのか。高い山に登るという濃縮された経験が導いてくれたものは、広く大きい。今いる場所が世界の全てではない。今の自分は変化の中にいる一瞬の自分であり、常に変わることができる。
ああ、この本に出会えてよかったなあ。
自分の身体はきっともっと臨機応変なものであるのでは、
今そう思うことができると、様々な変化のある4月という今の時期も
なんとか乗り切っていけそうな気がします。